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自分が良いと思ったものと他人が良いと思ったもの

 ネット上で音楽のことをリサーチしていると、今年の上半期はceroというアーティストのアルバムが非常に良かったらしく、音楽について語るサイトやブログでは随所で話題になっていた。下半期はどうやら星野源のアルバムが話題をかっさらいそうである。
 とりあえずこの前ceroを借りて聴いてみた。いや、正確には聴こうとしてみた。退屈すぎて途中でやめてしまった。普段から聴くジャンルの音楽ではなかったのがその原因かもしれないが、とにかく、ceroの「Obscure Ride」は別に自分にとっての「良い」作品ではなかった。途中で退屈に思ったものをわざわざ最後まで聴こうともあんまり思わない。このアルバム長いし。
 本当にいろんな音楽を聴いていたらこのアルバムだって良いと思えたかもしれない。日本の最近のロックバンドばっか聴いているからこの手の音楽を聴いてもなんとも思わなかっただけかもしれない。が、とりあえず現時点で自分は今作についてはどっちでもいい。
 とはいえ、別に嫌いになりたいわけではない。良いと思える音楽が増えるのは嬉しいので。レディクレのタイムテーブル次第ではceroを見るかもしれないし、そこで「あんなこと言ってたけどやっぱ良かったわ」と思うかもしれない。もし見れたら、そう思えるようなライブをしてくれることに期待したい。

 「良い」というのは難しい。どこまでも主観でしかない。こんな話きっと誰でもどこかで考えてるだろうけど。結局自分の感性に頼るしかない。「良い」と思ったら「良い」、そのうち「良いな」と思えるようになったらそれはそれでいい。時間が経ってどっちでもよくなったと思ったら、それもまたそういうものだと思う。「良い」と思ったら、そこからなぜ良いのか考えていけば(言語化していけば)いい。最初からどこが「良い」のか探そうとする(言葉にしようとする)と疲れる気がする。
 
 自分が評価したものについて、他人が別の評価をしていたとして、その評価に自分の評価が引っ張られることもある。昔は他人の意見に流されている気がしてなんとなく嫌だったが、それもそれでいいと最近は思う。自分が良いと思っていたものを誰かにこっぴどくけなされて、自分でもそれを良いと思えなくなったら悲しいが。さきほど自分の感性に頼るしかないと書いたが、自分以外信じてはいけないということではない。他人が「良い」と思ったことについて、自分がそれを納得できたらそれも「良い」。どうせ納得できないものは納得できない。

 えらく抽象的な話になってしまったけど、たぶんすごく当たり前の話で、要するに、他人が、多くの人が良いと思ったからと言って自分の中でも良いというわけではないと改めて実感したって話でした。ちょっと前はディープな層の感想に憧れていた節があったのですが、ディープだからえらいわけでもないしなぁとここ最近は思います。でもなるほどーと思える部分もあったりするので、ネット上でいろいろな感想やエッセイを読み漁ることはしばらく続けるんだろうな。
 と、これを書いてて、これからは「なんか分からんけど良かった!」と思えたものについて、その「なんか分からん」ってところを言葉にすることをちょっと意識して感想文を書いてみようかなと思います。今まで特になんも意識せずに書いてたなぁ。

 今年リリースされたアルバムの年間ベストがいろんなところで発表され始めていて、自分の知らない音楽ばっかりで世界は広いなと思う今日この頃です。自分は未だにどれをベストにしようか迷っています。

 おわり。
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特に音楽が好きです。好きなことやものについてばっかり考えてます。

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